ハィッ!こちら青森県弁護士会会長竹本です!

弁護士会って,何をしているところだろう…こんなところです! 会長って,どんな人だろう…こんな奴です!

弁護士や弁護士会…敷居が高いって感じたことありませんか?
数は増えたけど,使えないなあ…が,実感ではないですか?

皆様との,心のアクセスを近づける第一歩になりたい!
私たちのことを知ってもらいたい!
そんな思いから,このブログを始めてみました。

9月26日(月)

今日は、12時から法テラスの執行部会、14時から常議員会がありました。
青い森公園を通り、いつものように向かいます。
法テラスと弁護士会は、同じ建物にあります。2階に法テラス、5階に弁護士会があります。ですから、会議が連続していても、はしごではなくエレベーターで上がるだけです。もちろん、あえて階段もありますが、、、

法テラスの執行部会では、弁護士会と連携して進めたいこと、弁護士会への情報提供などが伝えられます。これを常議員会で報告するのも、会長の仕事です。

法テラスからの情報だけではなく、日弁連理事会で得られる情報など、会長のもとには多くの情報が集まります。この情報を、常時の意思決定機関である常議員会に伝えて共有したり、方針を定めてもらうことが重要です。
青森県弁護士会も120人に迫る会員数になりました。単位会として、様々な活動に取り組むためにも、情報を共有できるようにしていく工夫をしていきたいと思います。

9月25日(日)


今日は,六ヶ所村の境界紛争の現地調査に行く予定があったため,ついでに下北半島の東側を回ってみることにしました。
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この馬たちは,どこで登場するでしょうか。

六ヶ所村とは,6個の集落が集まって形成されたことから命名されました。
この六ヶ所村を全国的に有名にしているのは,日本で,いや,世界で唯一,核燃サイクルの実験を続けている場所だからです。

私が小さいとき,あと10年したら石油がなくなる,と,繰り返し言われていました。
だから,石油に代わる新しいエネルギーが必要であり,原子力なら資源が循環するので永遠になくならない,と宣伝されていました。子どもながらに,全力で原子力を応援した記憶があります。

ところが,です。
この10年のサイクル,もう3回は経過したと思いますが,石油がなくなる気配はありません。そればかりか,最近では,石油がなくなるという話さえされません。世界中で石油があふれ,原油価格が暴落して世界経済を不安定にしたことも記憶に新しいです。石油が足りないのでなく,余っていて問題になっているのです。
子どものころの,石油がなくなるという話,あれは閉店セールが一年中されているのと同じだったのでしょうか。

資源が循環するという夢のような話はどうでしょうか。
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ここは核燃サイクルのPRセンターです。
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すごく立派な施設で,子どもたちが科学に触れながら遊ぶことができます。科学だけでなく,このような説明もなされているのですが,核燃サイクルは,PRセンターができてから25年経っても,未だ実験が続いており,実用化されていません。つまり,資源の循環はしておらず,放射性廃棄物がたまるだけ,その最終処分場がどこにも見つかっていないという現状なのです。資源が循環する話も,できないままでここまできています。

その上で,東日本大震災による福島第一原子力発電所事故により,莫大な被害が発生し,今なお継続している状況を,私たちは目の当たりにしています。

青森県弁護士会では,核燃サイクルや原子力エネルギーについて反対する意見を述べています。

六ヶ所村では,核燃サイクルではないものの方が目につきます。
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PRセンターからもよく見えます。
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次世代エネルギーについて,きちんと考え,次の世代に引き継ぐ必要があると思います。

六ヶ所村だけではなく,東通村にも東京電力の原子力発電所があります。
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休みでしたが,これもPRセンターです。
このような原子力施設は,危険な施設であるため,近くに人がいないところにしか作れないことになっています。それが集中しているのが下北半島なのです。東通村にある原子力発電所も,東北電力ではありません,福島と同じ,東京電力です。東京の危険を,下北半島が引き受けているわけです。
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これはなんだと思いますか?
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東通村の公共施設です。どのような形で原子力施設が下北半島に集まることになったのか,よく考えてみる必要があると思います。

下北半島は広いです。青森市からむつ市までで100km。そこから半島の端まで行くと距離が更にのびます。
原子力施設以外にも,魅力的な場所が下北半島にはたくさんあります。そこで,まず,東側だけでも。
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北海道にはトドワラ・ナラワラといった埋没林がありますが,下北半島にはヒバの埋没林があります。
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行く道も十分に癒やされます。
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海の中にあるトドワラなどと違い、林の中に紛れて見にくいですが,立ったまま朽ちているのは,800年から1000年前のヒバだそうです。
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更に進み,下北半島の東北端,尻屋崎まで行きます。
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ここには,寒立馬がいます。
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しかも,そこら中にいます。
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行くときもいましたが,
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帰りもやっぱりました。最初の写真も,このときのものです。

半島の中央には,有名な恐山もあります。
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多くを語る必要はないと思います。
是非一度訪れて,雰囲気を肌で感じてください。

西半分については,また報告できたらと思います。




9月24日(土)

木曜日に三内丸山遺跡を紹介しましたが,青森市内に,もう一つ,縄文時代の素晴らしい遺跡があるので紹介します。
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みなさんも,ストーンサークル(環状列石)と聞くと,なんだろうと心が騒ぐと思います。イギリスの巨石が頭に浮かぶ方も多いと思います。
しかし,青森にも,見事なストーンサークルが存在しています。これが上の写真の小牧野遺跡です。この写真だけでも,見事に丸いですよね。

この遺跡のアプローチもいいです。
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ダートの道に入り込みます。現代から縄文時代へとつながる道のようです。
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少し上の方に上がったところに小牧野遺跡はあります。
私は,秋田県の大湯のストーンサークルを見て,とてつもない衝撃を受けたことを覚えています。大湯のストーンサークルも海に近いところではなく,山に入り,高いところにありました。小牧野遺跡も,三内丸山遺跡より後の時代のようですが,山に入ったところにあります。青森空港の近くなのです。
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整備された歩道を歩いて行きます。2016-09-24-14-48-31
古代の方も,海を遠くに見ることができる一等地をきちんと見つけているんですね。
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きょろきょろしながら行くと,目の前にストーンサークル(環状列石)が現れます。
でも,これだと,よくわかりませんね。それで,小高い芝生の上に上がって撮影したのが最初の写真です。少し角度が違うものをもう一度。
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縄文時代の方たちが,このような山の中に,このように神秘的な施設を造営していたことに感銘を受けざるをえません。わかりにくいと思いますが,直径55メートルにも及ぶ大型の施設なんですよ。
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石の積み方も見て下さい。楕円形の石を縦に置き,両側には平らな石を積み重ねてます。石垣のようです。この縦横の石の積み方は,全国的にも珍しい配列のようです。縄文時代後期だと想定されているようですが,メソポタミア文明でハンムラビ法典(「目には目を,歯には歯を」です。)ができ,エジプトではツタンカーメンが王になり,中国では殷王朝が成立したとされるころ,青森県では,三内丸山遺跡から進化を遂げ,このような石の文明を構築するようになっていたのです。

ストーンサークルの周辺には,墓や建物跡があります。
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神秘的な,宗教的な感じがする場所ですね。
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墓にしても,この時代では素晴らしい発展を遂げていた様子が伝わります。
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北東北から北海道にかけては,縄文時代の優れた文化(文明とさえ感じています。)が広がっています。これを縄文遺跡群として世界遺産に申請する動きがされています。世界遺産とされるかはわかりませんが,私は,この縄文時代の文化は,世界に誇るべきものだと確信しています。目の前に残っていないと理解できないなんて想像力の欠如です。跡しか残っていない,文献も残っていない,この穴の跡や石の痕跡から,縄文の方たちの息吹を感じてほしいと思います。
縄文時代の土器や土偶は,実用的な弥生時代のものとは一線を画している気がします。この素晴らしい縄文文化を,陽の当たる舞台に出してあげてほしいと願ってやみません。

なお,麓には,廃校を利用した縄文学び舎もあります。
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わかりやすく説明されています。
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縄文人にもなれます,かな。

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